2010年10月31日日曜日

恩田→つつじが丘

私は、東急田園都市線、青葉台駅の南側のつつじが丘で育ちました。
私が生まれてから数えても43年経っていますが、私の知る限り、その数年前から住宅地として開発され、入居が始まったようです。ということは、もうそろそろ50年。歴史を振り返ってもおかしくない時期になってきたように思います。

私の手元にこんな資料があります。私の両親がつつじが丘に家を購入するときの、物件の案内です。資料は昭和37年度となっています。うちがつつじが丘に引っ越してきたのは、確か昭和38年(1963年)だと聞いた気がします。


田園都市線沿線は、東急が宅地開発したのですが、田園都市線の敷設と周辺の住宅地開発を同時進行でやっていたようです。両親がつつじが丘に引っ越してきた時点では田園都市線は溝の口まで。この資料を見ると、長津田まで延長予定となっています。
子供のころ、周りの大人たちからよく「田園都市線の周辺ではよくタヌキが出た」と聞かされました。つまり、ゼロから山を切り崩して造成して、鉄道を引いて家を立てて、今の田園都市線周辺の町が作られたということですね。


この資料には「つつじが丘」という地名が出てきません。地図を見る限り、私の家は「恩田」として説明されています。ただ、うちの住所が「恩田」だったとは聞いたことがないので、入居する時点では「つつじが丘」と決定していたのでしょう。
ちなみにここは、今は「青葉区つつじが丘」ですが、私が子供のころは「緑区つつじが丘」、そしてさらにその前には「港北区つつじが丘」だったようです。この資料には、「横浜市港北区恩田町字榎久保6800番外」と紹介されています。今となっては「字」だったことや「番外」だったことが信じられません。


当時の一戸建ての金額はこんな感じ。赤く塗られているのがたぶん我が家。土地は81坪で約130万円。建物が約77万円。全部あわせて220万円弱。安!


間取りはこんな感じ。もちろん平屋。実際は、この図の上下反転した間取りでした。これは、2LDKということになるのかな。


どうです?歴史的価値を感じる、なかなか面白い資料でしょう?

2010年10月23日土曜日

空が高すぎる

ようやく秋を感じられる季節になりました。
秋(冬も?)の澄んだ青空を、”空が高い”と表現することがあります。まあ、実際に高さを感じているかというとちょっとあやしい気がしますが、空の色やすがすがしい空気なども含めた心地良さを、誰かがあるとき”空が高い”と表現したのが、一般的な言い回しとして定着したのかもしれません。

小田和正の作品に「空が高すぎる」という歌があります。この作品は、もともとオフコースのために書かれたらしいですが、結局は小田和正のソロ作品として発表されることになったそうです。1985年、数か月間彼がアメリカに滞在し、現地のミュージシャンやエンジニアと組んで作ったアルバムに入っています。
日本語詞なので、現地の人達と一緒に音作りをするためには、歌詞の意味を彼らに説明して理解してもらう必要があるのですが、「空の高さが変わるわけないじゃないか」とどうしてもわかってもらえなかったそうです。なるほど、アメリカにはそういう感覚や言い回しはないようです。
「天高く馬肥ゆる秋」という中国の故事がありますから、アジア人は空の高さを感じるのかもしれません。

そういえば「空が高すぎる」には、英語詞バージョンがあります。「After forever」というタイトルで、Randy Goodrumという人の作詞ですが、日本語詞とは全く異なる内容になっています。
日本の古典で、方丈記や、平家物語とかもそうでしょうか、”無常”という世界観があります。私は「After forever」の歌詞を読んだとき、「ああ、これは”無常”観を歌った歌だな」と思ったので、勝手に日本的な感じがしています。アメリカ人には空の高さはわからなくても、無常観はわかるのでしょうか。







2010年10月18日月曜日

『大奥』

★★★☆☆

 ストーリーも、役者の芝居も別に悪くはないのですが、男女逆転という設定がなぜ必要だったのかわかりませんでした。冷静に考えてみると、もし男女の役割が完全に逆転したら、結局世の中の愛憎のドラマは同じようになるのが当然ですよね。
 この作品が男女逆転でなかったら…と、想像してみると、これといって矛盾なく成立すると思います。
 となると、単にヒネった設定にしたかったから、あるいはボーイズラブっぽいシチュエーションにしたかっただけなのでは?と勘ぐりたくなってしまいます。

 二宮くんは、顔も雰囲気もちょっとなよっとしたお調子者のイメージがあって、そこが逆転大奥に向いているのかと思ったら、剣の達人ですごく男らしい芯の強さを持ったキャラクターでした。私としては、かなり違和感。

 柴咲コウの吉宗は、世直しをなさんとする名君らしさがよく出ていたと思います。でも残念ながらこのお話は『大奥』なので、政治家吉宗の活躍は見られません。そこがなんともチグハグな印象でした。

 キャストで一番役にハマっていたのは、やっぱり佐々木蔵之介かなあ。









2010年10月11日月曜日

強制起訴

 小沢さんの強制起訴。検察が不起訴相当と判断したものを、一般市民による検察審査会が繰り返し起訴議決すると、強制起訴になるそうな。
 当初、検察が不起訴としたのは、確たる証拠が見つからなかったからだという話だった気がします。では検察審査会の判断は、充分な証拠があるということなのか、それとも「あいつは信用できないから、起訴してでも追求してやる」という感情なのでしょうか。

 法廷の原則は「疑わしきものは罰せず」。"証拠がないと勝てないから起訴しない"というと、とても弱腰に聞こえますが、"証拠がないとということはその人は無罪かもしれない"ということですよね。罪を犯した人に罰を与える必要があるのと同時に、罪を犯していない人に罰を与えてはならないわけで、この二つは全く同じ重みを持っていないといけないと思います。罪を犯したと言えるかどうかの判断は、極めて慎重に行わなければいけません。その唯一の判断材料が"証拠"なのだとしたら、証拠が見つからない場合は罪は問えない、というのはごく自然な結論だと思えます。

 一般市民の感情としては、起訴=リングに上げるということなのでしょう。不起訴は戦いを放棄すること。確かに、印象として、相手をリングにまで引きずり上げた方が追い詰めた感じはするし、その人に対しての疑いがいかに強いかを表現することにはなると思いますが、そういった感情論を極力排除して客観的な証拠の積み上げで議論するところに、近代的な法廷システムの価値があるように思います。

 そういえば、裁判員制度も法廷への市民参加ですが、この制度も結果として量刑を重くする方に働く気がします。例えば殺人罪だとすると、一般市民にとって人を殺すということは、殺した人数や残虐性にか関わらず、大変なことです。犯人が、どう反省しようが更生しようが、被害者は戻ってこないわけで、取り返しようのない大罪に感じます。どんなに刑期が長い懲役刑でも足りなく感じるものだと思います。
 それに対して、現在の法律では、例え殺人罪であっても、極力犯人の更生に期待するという発想で罪の重さが決められていると思います。少なくとも私は、殺人を犯してちゃんと更生できた人がどれだけいるのか知りませんから、それが妥当かどうか判断できません。つまり、妥当ではないとも言えません。

 検察審査会、裁判員制度に共通するのは、法律のプロの方が寛大で、一般市民の方が残酷な傾向にあるということ。それはたぶん、一般市民は、いかに罪を問うか、いかに罰を与えるか、という一方的な発想になりがちですが、プロはそれに加えて、いかに罪を問わないか、いかに許すか、という逆方向の視点も持っているからだと思います。
 社会のあるべき姿を俯瞰的に見るなら、私はプロのようなバランスの取れた視点の方がいいように思えます。

 ところが、裁判官、検事、弁護士が事件を起こすこともしばしば。せっかく私が、プロの視点を評価しようとしているのに、残念なことです。

2010年10月2日土曜日

『十三人の刺客』

★★★★☆

 内容的には、江戸時代を舞台にしたバイオレンス映画。人間の手足も首もチョンチョンと飛び、映像的にも血みどろで泥まみれ。極めて野蛮。ただそこに、サムライの忠義だったり命を投げ出す美意識だったりが加わると、とても深いドラマに思えてくるから不思議。
 一応、残忍な殿様が幕府の要職については世の中が乱れるので、それを防ぐためにその殿様を暗殺するという理由づけがあるのですが、どう見ても社会派ドラマではないし、結局は派手なチャンバラを見せるための、ストーリー上のお膳立てだと思います。

 最近の時代劇は、現代人にもわかりやすいセリフ回しが多い気がしますが、この作品は、これぞ侍言葉という感じのセリフが多く感じました。女性の化粧も現代的ではなく、はっきり言ってあまり美しくないのですが、現代人に媚びない「時代劇」にしたかったのでしょう。私はいいと思いました。

 役所広司は、どちらかというと物腰が柔らかで、刺客のリーダーとしてはどうかと思っていたのですが、その物腰の柔らかさがかえって武士らしい秘めたる決意を感じさせて、これはこれであり。
 松方弘樹は殺陣が素晴らしくかっこよかったのですが、それ以外の場面での物腰、ちょっとべらんめえの入った口調、見事な武士っぷりでした。
 伊勢谷友介の野人っぷりもなかなか。彼と岸部一徳が、このバイオレンス作品の中でちょっとだけコミカルな要素を加えていて、いい塩梅でした。
 稲垣吾郎演じる殿様の残忍さは、映画公開前から話題になっていましたが、本当に思いっきりやってます。他人の痛みがわからず自己中心的な彼の哀れさが、最近の若者像と重なるような気がしましたが、作る側には、そういうメッセージを込めようという意図があったのでしょうか。

 刺客が13人もいるので、何人か目立つ人はいるのですが、どうしてもその他大勢になってしまう人もいました。それはちょっと残念。連ドラならともかく、映画一作品で13人はちょっと多いのかも。

 ともかくも、時代劇好きでもバイオレンス作品好きでもない私が、ああ、これがチャンバラ映画の面白さなんだな…、とわかったような気がした作品。









2010年9月30日木曜日

高島彩

 フジテレビアナウンサーの高島彩さんが、明日でめざましテレビを卒業して、年内でフジテレビも退社するそうです。

 私がめざましテレビを見始めたのは、当時のメインMCの小島奈津子さんが好きだったから。なので、小島さんがやめるときはすごく残念でした。彼女もかなり長く出演していたので、小島さんがいないめざましテレビは想像ができませんでした。
 高島さんは当時、まったくめざましテレビに関わりがなく、どんな人なのか私はよく知りませんでしたが、何かの番組で、酒飲みだとかギャンブル好きだとか言っていたような記憶もあり、「なんでこの人なんだろう?」「もうめざましテレビを見るのはやめようかな」と思ったものです。
 小島さん出演の最終回には、大塚さんが号泣していたのが印象的。高島さんになった最初のころは、大塚さんと高島さんの呼吸もイマイチで、大塚さんは本当のところ高島さんを受け入れていないように見えました。そして私は、そんな大塚さんにとても共感していました。

 それから7年半。今や高島さんのいないめざましテレビを想像できなくなりました。特別大好きということはありませんが、安定感はあるし、硬軟どちらもOKだし、リードもフォローもいけるし、とにかく番組の柱として安心して見ていられる存在。最初に私が抱いていたマイナスの印象を完全にひっくり返すのだから、やっぱり力があるのでしょう。

 あるとき、めざましテレビの中で高島さんと男性アナウンサーが組んでニュースを伝えていたときのこと。両者のやりとりのタイミングが合わなかったらしく、高島さんが拝み手のゼスチャーで”ゴメンね”サインを送っていたことがあります。あれは本来画面に映らないはずだったのが、たまたまカメラのスイッチングがおかしかったために視聴者に見えてしまったものだと思います。男性アナウンサーの方を見るわけでもなく、原稿に目線を落としたまま、手だけで”ゴメンね”サイン。
 高島さんは、視聴者からの人気も高いようですが、共演者やスタッフからの信頼が厚いそうです。あの”ゴメンね”サインを見たときに、周りの人達の信頼の訳がわかった気がしました。

 高島さんがめざましテレビをやめるのは残念ですが、いつまでも一人の人に頼っていていいはずもありません。彼女が抜けても、きっとまた新たな柱が登場するのでしょう。
 さて明日のめざましテレビ。私の一番の注目ポイントは、大塚さんが号泣するかどうかです(^^;)。

 高島さん、お疲れ様でした。

2010年9月23日木曜日

『THE LAST MESSAGE 海猿』

★★★★☆

 海猿は映画だけでも3作目、テレビドラマもあったので、確実にパターン化しているわけですが、変にひねろうとせず、ベタなほどわかりやすい作りが意外とよかったと思います。

 映画の2作目とは特に状況が似ていますが、たまたま仙崎と一緒に現場に取り残された新米の潜水士とのエピソードが、ちょっとだけ新しい味付けだったと思います。よくある話といえばそれまでですが、、すっかり成長した仙崎と、仙崎に刺激されて成長し始める新米潜水士という関係で、前作からの時間経過にリアリティを感じさせたようにも思います。

 「THE LAST MESSAGE」というタイトルで、”シリーズ完結編”と宣伝していたと思いますが、特に終わりだと感じさせるような内容ではありませんでした。続編、あるのかな。同じようなパターンで続編が見たいかと言われると微妙ですが…。









『東京島』

★★☆☆☆

 木村多江という女優さんの、名脇役ぶりには以前から関心がありました。彼女が主役ということでこの作品も見てみたいと思いました。

 映画全体の印象を一言でいうと、”無人島を舞台にしたロードムービー”でしょうか。いろいろなできごとが次々と起こり、登場人物の気持ちも行ったり来たりを繰り返しますが、それでストーリーがどこかに収束するわけでもなく、なんとなーく終わります。カタルシスがない、と言えばいいのでしょうか。私は、ロードムービー系は苦手です(^^;)。

 作品のテーマは”女は強い”ということに尽きると思いますが、その意味では木村多江のような、ちょっと地味めの人をキャスティングしたのはよかったと思います。こういう人でもサバイバルになるとこんなに強くなるのか、というギャップが表現できるので。

 窪塚洋介は、良くも悪くも窪塚洋介でした(^^;)。無人島なのに協調性がなくて、屈折していて、いつものようにイッちゃってるキャラ。落下事故以降はじめて彼の演技を見ましたが、まったく変わっていませんでした。

 その他大勢の若者たちはフリーターで、仕事が嫌で逃亡してきたという設定。イマドキの若者らしく描こうとするとああいうふうにしかならないのかもしれませんが、とにかく計画性もなく忍耐力もなく移り気で、その瞬間が楽しけりゃいいじゃん的な奴らばかり。もはやイマドキの若者ではない私としては、見ていて結構イライラしますね。


2010年9月18日土曜日

『悪人』

★★★☆☆

 予告編は何度も見ましたが、モントリオールで深津絵里が最優秀助演賞をとっていなかったら見なかったかもしれない作品。でも、『フラガール』の李監督だから気にはなったかも。

 作品のトーンは『フラガール』のような明るさ、脳天気さが全然なくて、終始暗くてじめっとした感じ。作っている側の意図はわかりませんが、舞台となっている地方都市のさびれた感じと相まって、画面全体に虚しさが漂っています。ストーリー的にも、登場人物が誰ひとりとして幸せにならない展開なので、演出としては徹底しています。

 賞をとったのは深津絵里ですが、もともとすごく上手な女優さんなので、『悪人』での演技が彼女のキャリアの中で特別よかったようには思いません。いつもと同じようによかった、という印象でした。私が彼女に一目置くようになったのは1996年の『(ハル)』からですが、この作品でも、日々をけなげに過ごしているけど何か虚しいという女性を見事に演じていました。
 どちらかというと、妻夫木聡の方が『悪人』のために役を作りこんで、他の作品での彼とは違う姿を見せていたように思えます。

 にもかかわらず星3つなのはなぜだろう?たぶん、この手の路線の映画としては完成度が高いけど、私自身はこの路線がそれほど好きではないからかな。

 また、タイトルは『悪人』ですが、妻夫木聡演じる主人公は、それほど悪い人に思えませんでした。もちろん殺人を犯してしまうのですから良い人ではありませんが、積極的に悪の道を突き進む人ではなく、人生に対して消極的でネガティブで、弱くて虚しい人だと思いました。『弱人』、『虚人』とかね。







2010年9月11日土曜日

『カラフル』

★★★☆☆

 決して悪い作品ではないと思うのですが、何か物足りないというか的のど真ん中じゃないというか、そんな感じがしました。

 気になったのは、まずキャラクター描写。リアル路線でいきたいのか、マンガっぽくいきたいのかよくわからないところがあって、見る側として気持ちが定まりませんでした、風景は一貫してリアル、キャラクターのしぐさなども結構細かいところまで描写されているんだけど、顔や表情の描き方がある瞬間、いかにもマンガ的フォーマットに見えてしまいました。

 そして、声の演技が、全般的にどうしても棒読み調に聞こえました。最近のアニメは、声優ではなく俳優が声を当てることが多くて、それがいい方に転ぶ場合もありますが、この作品は、私にとってはちょっと…。
 実は、細田守監督の『時をかける少女』『サマーウォーズ』などのアニメ作品でも、声の演技が棒読み調に聞こえてしょうがないので、最近のアニメ作品の傾向なのかも。

 まあそんなわけで、正直、実写の方がよかったかもしれないと、思ったりします。

 ストーリー的には、小林真の体を借りて蘇った主人公の思考や行動が、割と稚拙で自己中心的でなんだかなあ、という感じでしたが、最後の"謎解き"で一応納得できました。