2014年5月20日火曜日

美味しんぼ問題について思うこと

ニュースで盛んに採り上げられている『美味しんぼ』。読んでもいない私がとやかくいうことではないと思うのですが、いくつか思うことがあります。


ニュースなどを見ると、作品が風評被害を与えているという論調が多く、それは鼻血と原発事故の因果関係がないにもかかわらず、あたかもあるかのように表現しているから、ということのようです。つまり、争点は鼻血と原発事故の因果関係についての真偽。作品を批判している人たちにとっての真実は、"因果関係なし"で結論づけられているということでしょう。だから彼らは作品に対して、「"因果関係あり"と言うなら根拠を示せ」と主張します。

ただ、作品で描かれている"真偽"には別の見方もできると思います。それは、鼻血と原発事故の因果関係があるなしに関わらず、あるのではないかと疑っている人達がいるという真偽。作者自身の意図はわかりませんが、作品は、疑っている人達がいるという真実を訴えているように思います。
この見方をすると話がひっくり返って、「"因果関係なし"というけど、本当にその結論でいいの?すべての人を納得させられるだけの根拠は示せているの?」という、作品から批判者への問いかけという構図に見えてきます。


そもそも鼻血などの諸症状と原発事故の放射線漏れとの因果関係というのは、どうやって証明するものなのでしょう?
おそらく、まず最初に"症状と放射線漏れに因果関係あるとすればこんな事象が発生するはず"という仮設を立ててそれを検証することになるはず。その事象がはっきりと確認されれば"因果関係あり"または"因果関係ありの可能性が高い"という結論となり、事象が確認されなければ"因果関係ありとは言えない"という結論となるのではないかと思います。

この"因果関係ありとはいえない"というのは"因果関係なし"と証明されたということとは意味が違います。というのは、別の調査方法では確認できる可能性があるわけですし、因果関係があった場合に起こりうる別の事象は起こっているかもしれないのです。
つまり、"因果関係なし"を証明することは"因果関係あり"を証明することよりはるかに難しいのではないかと想像できます。因果関係があった場合に起こりうる全ての事象について、確実な調査で検証しないと"因果関係なし"とは断定できないわけですから。放射線の影響は時間が経ってから現れるという話もあるようなので、なおさら証明は難しそうです。


さらに話を難しくするのは、私も含めて多くの人はけっこう適当にものごとを信じたり疑ったりします。
星座や血液型の占いや風水、パワーストーンなど、科学的には根拠がない(まさに"因果関係ありとはいえない")ものを信じている人はけっこうたくさんいますし、政府が発表した内容はとりあえず「ヤツらは何か隠しているんじゃないか?」と疑う人たちもいます。
こういう感覚の人が福島で鼻血を体験すれば「被ばくだ」「福島には住まない方がいい」という発言をする可能性は大いにあり、それを聞いた人が、それが根拠のない断定だと思わずに「福島の人が言ってるんだから間違いない」と信じこんでしまう可能性もまた大いにありうると思います。


結局、福島内外に放射線の影響が出ているのではないかと疑っている人がいるのはすでに明らかなことですし、政治家が"福島は安全"路線を方針としていることもこれまで通りですし、科学的に因果関係なしを証明するのが難しいことも充分想像できるので、今回の騒動は私にとって特に新しい何かがあるわけではありません。
そうなると、最後に残るのは"表現の自由"なので、まあ嬉しくない人はたくさんいるでしょうけど、作品を描くこと自体は別に構わないのではないかと思います。

表現はアンダー・コントロールしないでね。

0 件のコメント:

コメントを投稿