2011年5月2日月曜日

サンノゼ紀行(その6) シリコンバレー・ツアー

サンノゼというと、いわゆるシリコンバレーの一部で、周辺には超メジャー級のIT企業がゴロゴロとあります。出張中、1日だけオフということにして、ざっと回ってきました。

Adobe Systems Inc(345 Park Avenue, San Jose, CA)



Adobeはサンノゼのダウンタウンにあります。なので、ここだけは仕事のある日の帰り、ホテルに戻る途中で立ち寄りました。都会の中の高層ビルで、1階に受付カウンターとシンプルなロビーがある、日本の企業の、本社のイメージに一番近い雰囲気でした。当然ですが、入れるのはロビーまでです。


Apple Inc(1 Infinite Loop, Cupertino, CA)



Appleがクパティーノというところにあるのは知っていましたが、Infinite Loop(無限ループという意味ですよね?)という住所だったとは。リンゴマークの看板もあったのですが、住所が書かれた看板を撮ってみました(たぶん、わかる人にしかわからない)。
Apple本社にはカンパニーストアがあって、ここでしか手に入らないアップルのロゴ入りグッズなどが売っています。でもMacやiPodはありません。…と聞いていたのですが、iPadや周辺機器、ソフトウェアなども売っていて、普通のApple Storeの雰囲気でした。
せっかくなので、アップルロゴマーク入りのタンブラーとシャツを買ってみました。


Appleの原点のガレージ(2066 Crist Drive, Los Altos, CA)



Appleの歴史などが書かれた本を読むと、もともとはコンピュータ好きの若者たちが自分たちの成果を持ち寄って見せ合う、サークル活動のような中で、JobsとWozniakが出会い、意気投合したことからスタートしたと言われています。その時の会場はガレージだったとか。
で、そのガレージがここだったんだそうです。
といっても、今ここにJobsが住んでいるわけではなく、ごく普通の住宅です。


PARC(3333 Coyote Hill Road, Palo Alto, CA)



ゼロックス・パロアルト研究所(Xerox Palo Alto Research Center)といえば、アラン・ケイが、ダイナ・ブック構想を実現すべくAltoというコンピュータを開発したところ。Altoはアイコンやメニューをマウスを使って操作する、いわゆるGUIを備えたコンピュータで、研究用に相当数作られたのですが、結局市販されることはありませんでした。
ここに、Appleの開発者たちが見学に来て見せられたAltoに衝撃を受けて作ったのがMacintoshです。その後MicrosoftもWindowsを発表することになり、GUIがパソコンの標準となっていくことを考えると、PARCは極めて重要な出発点なのです。
ちなみに今はXEROXから独立した会社組織になっているようです。
そして、この建物には今、仮想化技術で勢いのあるVMwareも入っており、建物内でそのスペースをどんどん広げているとか。


Hewlett-Packard Co(3000 Hanover Street, Palo Alto, CA)



hpは、サンノゼではとても存在感がある企業のようです。アイスホッケー会場も"hp pavilion"と冠がついているし。本社も広大で、建物とかはよくわかりません。その辺一帯がhp。日本でもhpはメジャーですが、パソコンもプリンタもシェアのトップ争いをするほどではありませんが、アメリカではいずれもシェア1、2位を争うポジションにいるはず。その辺りも含めて、日本とはイメージが違うのかも。


Facebook Offices(1601 South California Avenue, Palo Alto, CA)



Facebookもここにありました。
ところで、Facebookのコーポレートカラーは濃いブルーだと思っていました。ところが、建てられた看板はエンジっぽい赤。見落とすところでした。Facebookのwebサイトはどうもわかりにくく、あまりユーザビリティやUIがわかっていないのではないかと思っていたのですが、CIもわかってなさそう。
ちなみに、今回訪れた場所はPalo Altoでしたが、たしか Facebookは、かつてSun Microsystemsがあった場所(Menlo Park)に拠点を移すと発表していたはず。次は青い看板にすることをお勧めします(^^;)。


hpの原点のガレージ(367 Addison Avenue, Palo Alto, CA)



hpの歴史についてはくわしくないのですが、やはり出発点はガレージだそうです。
この写真の、フェンスの向こうに見える三角屋根の小屋がそれ。そしてここがシリコンバレー発祥の地ということになっているそうで、案内板も立っていました。


Google(1900 - 1950 - 2000 Charleston Rd, Mountain View, CA)



Googleも、その辺一帯がGoogleとしか言いようがないスケールでした。しかも、通りの名前が"Google"のようです。

ついでですが、上の「大きな地図で見る」からGoogleマップへ移動し、Googleの敷地の周りの道をストリート・ビューで見てみると面白いです。やたらとたくさん人や自転車が写っているのですが、こっちに向かって手を降っています。どうやら、Googleの社員がいつストリート・ビューの撮影車両が通ることを知っていて、わざと出演しているようです。


Yahoo!(701 1st Ave, Sunnyvale, CA)



Yahoo!といえば、Web黎明期に検索ビジネスを立ち上げて一気に中心的な役割を担うことになった会社ですが、今アメリカでは、Googleが圧倒的に強く、苦戦を強いられていると聞きます(ちなみに、日本ではGoogleよりYahoo!Japanの方がシェアが大きかったはず)。身売りの話もしばしばあるのですが、実際に会社を見てみると、そんな状況の企業とはとても思えない大きさです。


Intel Corporation(2200 Mission College Blvd, Santa Clara, CA)



Intelといえば、もちろんCPUを始めとするチップメーカー。ここは、博物館やショップが併設されているのですが、残念ながら時間が遅かったため、もう閉まっていました。


Computer History Museum(1401 N Shoreline Blvd, Mountain View, CA)


順番は前後しますが、Computer History Museumという博物館に立ち寄りました。ここ、入場無料なのですが、展示はとても充実しています。ソロバンなどの電気を使わない計算ツールから始まって、真空管からどんどん集積回路が進化していく過程や、ワークステーション、パソコン、サーバなどの歴史を、製品の展示でたどることができます。私の場合、Macを中心としたごく一部の知識しかありませんが、CPUに詳しい人でもサーバに詳しい人でも、かなりワクワクすると思います。



ありました。XEROX Alto。モニタが縦長なのは、現実の紙を模したからです。当時のコンピュータディスプレイは黒地に緑の文字が一般的でしたが、Altoは白地に黒文字。これも紙っぽくするためです。向かって右側にマウスがありますが、左側には、小さなピアノの鍵盤のような入力デバイスが見えます。これは、ピアノで和音を弾くように色々なキーの組み合わせに応じて処理を実行する、ショートカットのような機能を持っていたと聞いたことがあります。



残念ながら、展示してあるAltoは電源が落とされていました(そもそも動くのかどうか??)が、画面の写真が展示してありました。ウィンドウやポップアップメニュー、アイコンらしきものも確認できます。現在のMacやWindowsの面影があるようなないような…。
XEROXはAltoの後、StarというGUIシステムのワークステーションを市販します。Starの日本語版がJ-Starで、実は私はJ-Starを仕事で2〜3年使ったことがあります。AltoのアイコンデザインはJ-Starのものとテイストが似ているような気がします。



これがApple I。このころのコンピュータはキットとして販売されていたそうです。現存するApple Iは大抵このような木のケースに入っているのですが、このケースもキットの一部なのか、それとも購入者が自分で用意したものなのか、よくわかりません。


これがApple II。コンピュータを、このようにプラスティックのケースに収めた完成品として販売するようになったのはApple IIが最初らしいです。Appleの最初のヒット商品。



Palm Pilot。PDA(Personal Digital Assistant)という言葉と概念はAppleがNewtonプロジェクトに際して打ち出したものですが、おそらく商品として成功したのはPalm Pilotの方でしょう。Newtonが理想を追い求めたのに対して、Palm Pilotはいい具合に現実的な落とし所にまとめた印象でした。
今はもうこのPDAは存在しませんが、そのOS、Palm OSだけは一時SONYに買われ、Accessに買われ、今はhpがWeb OSという名前で持っており、アメリカではこれを搭載したスマートフォンやタブレットを発表しています。つまりiPhone、iPadの対抗馬です。AppleとPalmの不思議な縁ですね。


IT企業が集まっているとはいっても、実際に回ってみると相当広い範囲に点在しており、それらをつなぐ公共交通機関は整備されていません。流しのタクシーもそんなに見かけないので、事実上車がないとこのようなツアーは不可能です。今回私は、サンノゼ在住の友人が車を出してくれたので、1日でこれだけの企業を巡ることができました。実は、偉そうに解説していますが、どこをどう回るかも全て友人が探し考えてくれたもの。その節は本当にお世話になりました。

サンノゼ紀行(その5) アイスホッケー

アメリカの4大プロスポーツといえば、NFL(アメリカンフットボール)、MLB(野球)、NBA(バスケットボール)、NHL(アイスホッケー)です。そして、サンノゼには、San Jose SharksというNHLのチームがあります。そのホームとなるアイスホッケー場が、ホテルのすぐ近くにあるhpパビリオン。"hp"と付いているぐらいだから、hpがSharksの親会社なのでしょう。

今回の出張の相手先のCEOであるトニーさんが、自分で観戦する予定だったゲームのチケットを譲ってくれて、私と通訳さんがアイスホッケーの試合を見に行くことになりました。
2011年3月17日(木)のSan Jose Sharks対Anaheim Ducks。


試合開始の前にもイベントがあるからということで、18:00ぐらいにhpパビリオンに向かいました。



ごく普通の平日の夜ですが、続々とお客さんが集まってきます。しかも、Sharksのユニフォームを着ている人がものすごく多い…。
会場の外周はグルリと通路になっていて売店が並んでいます。我々は、そこでビールとホットドッグを購入。ホットドッグはなかなかのビッグサイズで、ソースとかがいっぱいかかっているので、とてもきれいに食べることはできず、手がベタベタになりました。
試合開始前から、Sharksのキャラクターがこの通路を徘徊していて、時々お客さんと絡んでいました。サメだけに、お客さんの頭に噛みついたりしていました(^^;)。



スケートリンクは、一見ホンモノの氷じゃないように見えました。客席もそんなに寒い感じではありませんでした。リンクの真上の天井には、巨大なディスプレイが設置されています。
この日は、観客が13000人ぐらい入ったようです。




試合開始前に、両チームの練習があったので、動画でも少し撮影してみました。

この後、国歌斉唱があり、正式な選手入場で試合開始となりました。アイスホッケーは全部で3ラウンドあり、各ラウンドの間に15〜20分ぐらいの休憩があります。この休憩も含めて、終始お祭り状態が続きます。

Sharksのホームゲームなので、観客も場内アナウンスも何もかも、完全にSharksに対してエコひいき状態。Sharksのいいプレイに対して熱狂し、相手チームのゴールにはブーイング。ものすごくわかりやすいです。お約束の声援の仕方もあるようで、独特の節回しだったり振り付けがあったり。

休憩時間は、リンクの整備車両がリンクを一回りします。その車両にはお客さんらしき人が乗っていたので、抽選で選ばれたのでしょう。あとは例のキャラクターが観客席に何かプレゼントを投げ込んだり、客席場を小さな飛行船が巡って、やはり何かを客席に落としていました。通訳さんによるとレストランのクーポン券らしいとのこと。
さらに、巨大ディスプレイにはお客さんが映され、そこに映ったカップルはその場でキスしないといけない、みたいなゲーム(?)もありました。休憩中も、あの手この手で飽きさせない演出が徹底していました。

アイスホッケー競技をちゃんと見たのは初めてですが、パックのスピードが速いせいか、非常に展開が早く、攻守の入れ替わりも頻繁で、目まぐるしいけど面白いと思いました。加えて、スケートの特性として選手は急に止まれないので選手同士の衝突も多く、やる側も見る側もエキサイトしやすい競技だと思いました。なんだかとってもアメリカ人向き。
第1ラウンドから徐々に盛り上がっていき、最後の第3ラウンドは試合の展開もエキサイトぶりも最高潮に達するあたり、若干やらせにも思えるほどでした。

で、結局試合は(たしか)3-2で我がSharksの勝利に終わりました。
終わったのは22:00ぐらいだったはずなので、試合開始からでも3時間、たっぷり楽しめました。
それから観客が一斉に帰り始めるのですが、私は10分も歩けばホテルに着きます。これは楽チン。…と思ったら、同じホテルに入る観客がけっこういました。確かに、ここは泊まりでホッケーを見に来る人にとっては、とても便利なホテルです。

かくして私の初めてのアイスホッケー観戦体験は終了しました。

2011年5月1日日曜日

サンノゼ紀行(その4) サンノゼの町

ホテルからダウンタウンまでは歩いて5分ほどで行けました。食事や買物をするには全く困らないのですが、観光スポットとして見るべきものは少ない印象でした。


Tech Museum。科学技術館のようなところ。入ってみましたが、かなりお子様向け。…にも関わらず、英語がわからず何を意図した展示なのかわからないものもあって、ちょっと残念。
IMAXシアターという巨大なドーム型の映像シアターがあって、人体をテーマにしたプログラムを見ました。これはなかなかよかったと思います。



Art Museum。こちらには入ってみませんでした。



セントジョセフ大聖堂。アメリカというと、産業革命後の国というイメージがあるのですが、こういうのを見ると、精神的バックグラウンドはキリスト教なんだろうなあ、と思ったりします。



Hotel Deanza。通訳さんが、有名な(歴史がある?)ホテルだと教えてくれた場所。ちょっとのぞいてみましたが、何だかよくわかりませんでした。ただ、ホテルの外観や屋上の看板の感じは、いかにもアメリカンな雰囲気があります。



おまけ。ホテルからダウンタウンと逆方向に少し歩いたところにあったKUMON。アメリカにもあるんですね。ちょっとビックリ。

2011年4月16日土曜日

サンノゼ紀行(その3) 食事

アメリカの食事は、やっぱりアメリカンでした。


ホテルの朝食はこんな感じ。カフェテリア方式で、自分で好きなものをとって食べるシステム。パン、パンケーキ、シリアル、スクランブルエッグ、ベーコンまたはソーセージ、ヨーグルト、フルーツ、各種ドリンクなど。まあ、イメージ通りでした。



アメリカについて最初の食事はここ。ホテルの3軒ほど隣にあったメキシカンのファストフード、Chipotle Mexican Grill。
私の知っている範囲では、サブウェイと似たオーダーシステム。サンドイッチとからサラダとかのベースをまず決めて、そこに肉ならチキンやビーフ、さらに野菜、ソースなどをそれぞれ指定して載せてもらいます。私はボウルというのにしたので、ライスの上に肉や野菜を載せてくれました。要はメキシカン丼ですね。
これに飲み物を加えて8.36ドル。当時のレートだと700円強でしょうか。んー、高い気が。味は問題なし。この時は何も感じませんでしたが、後々の食事と比べるとヘルシーです。



3月15日(火)の晩は、地ビールが飲める店と紹介された、Los Gatos Brewing Coというダウンタウンにあるお店。メニューで"hamburger steak"と書いてあったと思うのですが、ハンバーガーでも、ハンバーグですらなく、普通のステーキでした。どうも、ひき肉じゃないステーキでも"hamburger steak"という場合があるみたいですね。割と噛みごたえのあるステーキでした。地ビールと合わせて約35ドル。


3月17日(水)の昼。現地の通訳さんが、いかにもアメリカなハンバーガーを食べに行きましょうと連れて行ってくれた、5 Guysというチェーンのハンバーガーショップ。大きさが2種類ぐらいあって、あとはトッピングが色々選べますが、全部入りにしてみました。それでも値段は変わらないそうです。店の雰囲気はマクドナルドと大して変わりませんが、ずいぶん格は上のようです。飲み物と合わせて8.5ドル。やっぱり高め。アメリカの外食は、結構高いことがわかってきました。
お昼時、老若男女でにぎわっていました。みんなハンバーガー好きなんだなあ。


写真はこれだけしかありませんが、他にピザや中華、イタリアン、ホットドッグ、割とちゃんとした日本食にも行きました。

中華は、ホテルから歩いて5分ほどの本当に小さなお店、China Inn。味はまずくはなかったけど、日本で食べる中華とは微妙に違いました。まあ、あのくらいは許容範囲。

イタリアンはThe Old Spaghetti Factoryというチェーンで、すごくにぎわっていましたが、パスタのゆで加減がちょっとやわらかすぎ。そこはアルデンテで止めなくちゃね。

HPパビリオンで買ったホットドッグもアメリカンサイズでした。ソーセージは割としょっぱめ、おいしいのですが、パンやソースがグチャグチャになって、きれいには食べられませんでした。

日本食は、Mountain Viewの割烹波浪というお店でサバの味噌煮定食。絶対的な安心感がありました。他の食事も、味として耐えられないということはないのですが、間違いなくカロリーに問題があると思います。

2011年4月15日金曜日

サンノゼ紀行(その2) Arena Hotel

宿泊したホテルはArena Hotel。

URL: http://www.pacifichotels.com/arena/index.html
住所: 817 The Alameda, San Jose, CA 95126




外観はこんな感じ。この界隈は低層の建物ばかりで、このホテルも3階建てでした。



エレベーターは、海外に行くとずいぶん雰囲気が違います。写真がブレちゃってよくわかりませんが、閉じる表示の両側にボタンがあって、どっちが閉じるボタンだか一瞬戸惑います。でも、実はそれよりも、エレベーターを外から見たときの印象が普通のドアというかエレベーターっぽくなくて、エレベーターの目の前でエレベーターを探してしまいました。



私の泊まった部屋。日本の感覚では、規格外にでかいです。冷蔵庫も電子レンジもありました。ちょっと不安定でしたけど無線LANもありました。エアコンはかなりうるさくて、ちょっと気になりました。



洗面所はこんな感じ。これでもかと電球が並べてあります(^^;)。
アメニティグッズは、石鹸が2種類だったかな、あとはシャンプーだのバスジェルだの色々あったのに、くしや髭剃りや歯磨きセットなど、日本ではよく見かけるグッズはありませんでした。ヘアブラシと髭剃りを忘れ、歯磨きが残り少なかった私は、これらのものをホテルのとなりのドラッグストアで購入しなければいけませんでした。



バスルーム。ジャグジー付きです。ジャグジーなんて初めて。どれどれ、どうやって使えばいいのかな?



バスタブのふちにスイッチがありましたが、押しても引いてもウンともスンとも言いませんでした。説明書きには、スイッチ入れる前にバスタブにお湯を入れなさいとしか書いてありません。あれれ、どうやって使うんだろう??



3日目ぐらいに、バスルームの外にあるつまみに気づきました。そのつまみを回してからバスタブのふちのスイッチを押すと、泡が出てきました。3日がかり(^^;)。ジャグジー自体の感想は…、ふーん、こんなものかぁ、という感じ。


ということで、5泊お世話になったArena Hotelのご紹介でした。他にもいくつかホテルを紹介してもらったのですが、いずれも1泊100ドル以上しました。でもここは1泊68ドル程度。ダウンタウンにもHPパビリオンにもカルトレインの駅にも近いし、私はここで充分。

2011年4月11日月曜日

サンノゼ紀行(その1) 遙かなる成田空港

2011年3月11日金曜日。東日本大震災発生。その後、原発の事故、計画停電の発表と、全く落ち着かない状況でした。

日本出発は3月14日月曜日。土日の間に荷物の準備は可能でしたが、まだまだ余震が続いている状況で、1週間も日本を離れるのは意外と大変です。もし留守中に大きな地震が起きて家具が転倒したり荷物が落下したとしても、自分がアメリカにいたのでは何もできません。さらにそれが近所の人に影響するほどの被害だったら、どうするのか?そう考えると、とても憂鬱でした。

そして計画停電を受けて、3月14日は多くの鉄道が運休することが発表されました。今となっては記憶が定かではないのですが、この情報を知ったのは当日の朝だったような気がします。

飛行機の出発予定時刻は15:35。チェックインは2時間前なので、13:35分には空港に到着している必要があります。食事をする時間も考えて12:00ぐらいには空港に着く想定で、10時過ぎに家を出て、西船橋、東葉勝田台経由で京成線から成田入りするというのが、事前に考えていたコースでした。

テレビやネットの情報では、JRは全線運休。京成は、時間帯によっては間引き運転ですが、11:00〜17:00は運休。10時過ぎに家を出たのでは、どう考えても11:00より前に勝田台に着けるはずがなく、従って京成に乗れません。多少出発を早めるといっても、当日の朝にならないとできない準備もあるし、今すぐ家を出るというわけにはいきません。

鉄道以外の方法では、本数は少ないのですが、葛西駅からリムジンバスが出ていたはず。ネットで調べてみると、前日までに予約しないといけないんだそうです。状況が状況なので、電話をかけて頼み込んでみるという手もあったのですが、とにかく早めに家を出て京成に賭けることにしました。運がよければ11:00より前に京成に滑り込めるかもしれないし、その日最初の時間枠の計画停電が実施されなかったように、電車の運休も予定が変更されることもあるかもしれません。

かくして、方針決定。急いで荷物の梱包をしたので、ヘアブラシや髭剃りを入れ忘れたり、管理会社に家を留守にするという連絡をするのも忘れてしまいましたが、ともかく9:15分ぐらいには家を出ることができたと思います。

東京メトロは、意外とすんなり電車が来て西船橋へ。そこから東葉高速鉄道の出発まではしばらく待たされたものの、無事電車に乗ることができました。ところが、西船橋から東葉勝田台までの遠いこと。自分の勝手なイメージでは、ものの15分もあれば着くようなイメージだったのですが、全くの勘違い。結局、東葉勝田台に着いたときには11:00を回っていました。


勝田台の京成の改札口にはこのようにシャッターが降りており、運休中である旨看板が出ていました。
さて、ここからどうするか?まずは同じフライトに乗る予定のクライアントさんに連絡をとってみました。彼は名古屋から成田に来ることになっていたのですが、私はてっきり新幹線を使って来るのだと思っていたので、自分がこの状況では、クライアントさんも成田に着けないのではないかと思っていたのです。ところが、彼は空路を使っていたので、問題なく成田に行けるそうです。そうなると、あとは私が何とかして成田に行けるかどうかが全てということです。

もうあとは、タクシーしか思いつきません。電車が止まっているとなると、空港に行く人はみんな車を使うでしょうから、渋滞しているかもしれませんが、ともかく行ってみるしかありません。
勝田台の駅前はすごくこじんまりとしていて、タクシー乗り場には何人か並んでいました。明らかに大きな荷物を持って成田に向かうと思われる人もいました。ところが、タクシーは1台も止まっておらず、10〜15分ぐらい待ってやっと1台戻ってくるといったペースでした。空港に向かう人は声を掛け合って2〜3人で相乗りにしていましたが、それでも私がタクシーに乗れたのは12:20ごろでした。

私も外国人のお兄さんと相乗りにしました。フランス語っぽい外国語とちょっとアヤシイ日本語をしゃべる彼は栃木県で仕事をしていて、これからタイに遊びに行くそうです。
タクシーに乗れればもう安心かと思いきや、勝田台から成田はかなり遠く、時間と料金メーターが気になりました。それでも、心配していた渋滞はまったくなく、運転手さんも抜け道にくわしく、最大限効率的に走ってくれたようです。話好きな運ちゃんで、勝田台にはANAの寮があって、今日は電車が止まっているのでキャビンアテンダントさんを空港まで運ぶのにタクシーが何往復もする、というようは話を色々と聞かせてくれました。


かくして空港到着。時刻は既に13:00を過ぎていました。タクシー代は1万円を越えました。
クライアントさんが当然先に到着しているものと思ってチェックインカウンター周辺を探しましたが見当たりませんでした。電話はつながらず。自分だけチェックインしてしまおうか迷ってうろうろ。空港のスタッフによると、国内線からの乗継の場合は、チェックインカウンターのところまで出てこない場合があるということで、きっとそうに違いないと決めつけてカウンターに並んで待っていたら、やっとクライアントさんから電話がかかってきました。既にアメリカ行きフライトの出発ゲートに到着しているとのこと。これで一安心。程なく私のチェックインも終わり、荷物のチェックやら出国手続きを済ませて、クライアントさんと合流できたのでした。

今回の旅行の乗り物に関して、一番大変だったのは、この初日の家から成田までの行程でした。海外旅行なのに、国内の移動が一番大変なんて、どういうことだ?!